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少し今までのニュースと毛色は違うけどちょっと面白い

ありゃりゃ・・・昨日もブログ更新したつもりで、またコケてしまいました。
あまり夜は外に出ないのですが、昨日はお客様の家に伺って、商品の説明してまあまあの反応で喜んで帰ってきて、帰ってきてブログの更新は昼間やったものだと勘違いしてそのままでした。
更新カレンダーに穴があくのは少し残念です。
今回のタイトルと言うか内容は・・・

街を見ていたりして新しい建物が出来ていたり、工事をしていたり、昔来たことあってもずっと訪れたことの無かったところが変わっていた、そんな事が多いのが現実です。
自分が学生で東京に住んでいた頃と今では物凄い変わりようで見た影も無いかも知れません。
たまたま学生時代4年間住んでいた場所をグーグルマップで見たら、まるっと変わってしまっていて、マンションの裏にあったアパートはもちろん、そのマンションさえ無くなっていたのは驚きです。
で~こんな記事を見つけたのでブログに上げておきます。

東京ミッドタウン・サンシャイン60・東京ドームができる前に建っていた意外な建物の正体

都内超有名施設が建つ前にあった建物
新型コロナウイルス禍にあっても、都内には注目の新商業施設が次々に誕生しています。

6月には「IKEA」初の都心型店舗が出店したことで話題を集めた、「WITH HARAJUKU」(渋谷区神宮前)や、竹芝駅周辺の再開発で生まれた「ウォーターズ竹芝」(港区海岸)がオープンしました。
また、商業施設、温浴施設、劇場などを擁する「有明ガーデン」(江東区有明)が8月にグラウンドオープン予定です。
こうした大型施設やビルを新設するには、当然ながら立地条件がいい、広大な土地の確保が必要になります。
埋め立て地を除き、そうした場所が以前から更地である訳がなく、それ以前にも何らかの建物が建っていた場合がほとんどです。
ただし、同じような施設があったとは限りません。
都内の誰もが知る有名なスポットが生まれる前、同じ場所に毛色が大きく異なる建物があったケースもあるのです。

どこか緊張感があったかつての六本木駅周辺

さまざまな商業施設からなる「東京ミッドタウン」(港区赤坂)は、2007(平成19)年3月に開業しました。
では、地下鉄六本木駅に隣接したあのエリアに、「東京ミッドタウン」が建つ前は何があったのでしょう?
かつては、その周辺に何となくものものしい雰囲気が漂っていました。
なぜなら、そこに「陸上自衛隊の駐屯地」と「防衛庁の本庁舎」があったからです。
したがって、六本木駅周辺の人の流れも現在とは大きく異なりました。
明治時代より、そこには大日本帝国陸軍の駐屯地がありました。
終戦後、日本が連合国軍総司令部(GHQ)の占領下に置かれることで、一時的に米軍の施設になります。
そして、サンフランシスコ講和条約発効後に日本に返還されると、1962(昭和37)年以降は陸上自衛隊駐屯地となり、防衛庁本庁舎も置かれることになります。
なお、地下鉄六本木駅の開業は、返還から2年後の1964年のことです。


死刑が執行されていた超有名ビル建つエリア

60階建ての超高層ビル「サンシャイン60」(豊島区東池袋)がオープンしたのは1978(昭和53)年4月。
その高さは約240mで、当初は、「新宿三井ビルディング」(新宿区西新宿、225m)を上回る、日本一、そしてアジア一高いビルでした。
また、ビルに連結するかたちで、複合商業施設「サンシャインシティ」が同時期に開業しています。
サンシャイン60を含むサンシャインシティが生まれる前、同地にあったのは、現在の明るく華やかなイメージとはまったく違う建物でした。
そこにあったのは、「拘置所」または、「刑務所」なのです。
第2次大戦前から、そこには「東京拘置所」と呼ばれる施設が建っていました。
ただし、これも敗戦後はGHQに接収され、その期間は「巣鴨プリズン」として戦争犯罪人(容疑者)が収容されていました。
「プリズン = Prison」 は「刑務所」という意味です。

また巣鴨プリズンでは、連合国が日本の指導者などを裁いた「東京裁判(極東国際軍事裁判)」で死刑が宣告された7人への刑の執行が行われています。
1952年に日本に移管された同施設は、「巣鴨刑務所」となり、引き続き戦犯を収容していました。
そして1958年に閉鎖になると、しばらくしてそこに超高層ビルが建てられたという歴史があります。

巨大ドームの前にあった別の巨大施設は?

新しい「国立競技場」(新宿区霞ヶ丘町)は、旧「国立競技場」の跡地に建設されましたが、1988(昭和63)年3月開場の「東京ドーム」(文京区後楽)は、旧「後楽園球場」跡地に建てられたのではありません。
日本初のドーム球場は、起工から開場まで約3年を要しています。
当時、後楽園球場は、プロ野球の読売ジャイアンツと日本ハムファイターズ(現・北海道日本ハムファイターズ)が本拠地としていました。
2チームが、後楽園の解体からドーム完成までの間、ホームグラウンドを失うという状況は、ビジネス的に考えられません。
つまり、東京ドームは、後楽園球場を稼働させながら、別の場所に建てる必要があったのです。
何かの広大さを表現する際に、「東京ドームの〇個分」といった表現が用いられるように、大きさの代名詞である東京ドームですから、その前にあったのも、やはり巨大な施設でした。

東京ドームの前にあった施設とは

答えは、「競輪場」です。
戦後、東京都が競輪を運営することになり、1949(昭和24)年、後楽園球場の隣に「後楽園競輪場」が開設されました。
つまり、その時代は野球場と競輪場とがドンとふたつ並んでいる状態でした。
ところが、1972年に、都営ギャンブルが廃止されたことで、同年10月を最後に競輪開催は終了します。
そのため同施設はスタンドをそのままに、1973年に「後楽園ジャンボプール」として改装されることになります。
競輪場のフィールドにプールが作られたのです。
そういった意味で“東京ドームの前にあった施設”は、厳密には「プール」が正解だといえるでしょう。
なお後楽園球場があった辺りには現在、「東京ドームホテル」、「プリズムホール」が建っています。

自分的視点・・・
まず、「東京ミッドタウン」ですが、その前は「陸上自衛隊の駐屯地」「防衛庁の本庁舎」というのは何の無く思い出があります。
何せ自分が東京に住んでいて六本木に何度か行ったときには、あったのですからね。
メインの商業施設のある通りから裏の方に入るとイメージが違っていましたから。
ただ、ずっと忘れていて、この記事を読んで懐かしく思いました。

「サンシャイン60」に関しては、前の建物とかは知らなかったです。
完成が1978年ですから、大学卒業の年なので建築中だったからかも知れません。
昔は刑務所が街中にあったのはちょっと驚きです。
映画であったような「網走番外地」とは違うんですね。
サンシャイン60は展望まで上がった記憶があるような無いような、完成されてそこまで行った記憶はあるのですがどうだったか忘れました。
何せ自分が練馬に住んではいましたが、池袋ってあまり行かなかった街なのですから。

「東京ドーム」は自分が東京を離れて、14年後ですから当然のごとく野球は後楽園球場でした。
巨人ファンの自分は年代的にも「東京ドーム」より「後楽園球場」の方が馴染みがありますし、後楽園遊園地でも遊んだ記憶があります。
後楽園遊園地は子供の頃と、学生時代の2回ですけどね。
選手にとっても、観客にとっても雨風防げる球場はいいかも知れませんが、訪れた回数で考えると圧倒的に「後楽園球場」でした。
ただ、「競輪場」だった記憶が全然無いのです、何となくあったみたい程度です。
自分が東京に住み始めた1974年には無くなっているので当然な事ですが、話にもあまり聞きませんでしたね。

ここの記事にはありませんでしたが、自分は練馬区に住んでいて、駅で言うと西部新宿線「沼袋駅」それかバスを使うと当時は国鉄だった「中野駅」を使っていました。
そんな事もあり、バスで中野駅に行くときに途中たしか(※記憶が違っているかも知れないですが)「中野刑務所」が当時はありました。
それでググってみましたところ・・・
「1983年(昭和58年)3月 - 閉鎖になり、四万坪に及ぶ跡地は現在、平和の森公園および法務省矯正研修所東京支所となっている。」そうです。
また「研修所敷地内に監獄の表門が保存されている。」との事でした。
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正直期待して待っているのですが・・・そろそろ1軍で

他球団もそうかも知れないけど、期待の若手って多いと思います。
巨人の大ファンである自分はついつい有望株が巨人は多いと思ってしまいますが、プロ野球の選手になれるのはほんの一握りしかいません。
また選ばれてプロの世界に入っても、一軍で活躍出来る選手はさらに少なくなります。
つまりまずプロの野球選手になれたのはダイヤの原石であり、多くの選手がみんな一流の技術や体その他を持ち合わせているのです。
ドラフトに関して巨人はトコトン弱く成功しているとは思えません。
しかし、ドライチ以外の選手は結構いい選手を見つけてきていると思いますし、外れ1位もいい選手がいる。
※どうしようもないドライチもあるのが残念ですけど。

巨人期待の若手「山下は何本かの指に入る逸材」「吉田正になれる」内田順三氏の視点

リーグ3連覇、悲願の日本一奪還を目指す巨人。
今オフは野手の補強でDeNAから梶谷、メジャー通算196発のスモークと同96発のテームズを獲得したが、若手の成長なくして戦力の底上げにはつながらない。
元巨人コーチで、デイリースポーツウエブ評論家・内田順三氏に期待の若手3野手を挙げてもらった。

昨年の日本シリーズでソフトバンクに力負けしたから、より攻撃的にパワーのある選手をそろえたね。
打線の厚みが変わってくるだろうし、原監督の頭の中には1番から6番まで構想があるんじゃないかな。

ただ、外国人はふたを開けてみなければ分からない。
それに勝つためにはスピードを駆使したバリエーションのある攻撃も必要。
そういった点で見ると、昨年成長したスピードのある選手たちがどう存在感を出していくかに注目したい。

「吉川尚輝」

特に吉川尚は昨年、初めてシーズンを通して戦力になったが、実力的にはまだまだこんなものではない。
私が2軍監督、コーチをしていた時も岡本と吉川尚はレギュラーとして巨人を背負っていく存在になると思っていた。
守備を見ても、いずれはショートとしてやっていけるだろう。
だからこそ、今年はセカンドで去年以上の活躍を期待したいよね。

「松原聖弥」

もうひとりは松原。
丸、梶谷、外国人選手がいる外野手のレギュラー陣にどう割って入っていくのか。
吉川尚と松原、ふたりとも昨年の日本シリーズでは結果を残せず、課題を痛感したと思う。
速いボールに対して始動を早めてどう対応していくか。
割り切りも大事になってくるだろう。

それと、もっと小技も磨いていく必要もある。
例えばセーフティーの構えをして相手をマウンドから動かす。
チームのために捨て身となり、相手から嫌がられる打席というものを増やしていけたら、よりチームに欠かせない存在になってくるように思う。

「山下航汰」

もうひとり、気になるのは山下だね。
巨人の巡回コーチをしていた19年に高卒1年目でファームの首位打者を取った選手。
去年はけがで1年間苦しみ、オフには育成となったが、かなりのポテンシャルを秘めている。

私が37年間プロを指導してきた中でも高卒新人としては広島・前田智徳らを含めて何本かの指に入るほどの逸材だと感じたし、似たような体格から「吉田正尚になれるぞ」と声をかけていた。
再び育成となった悔しさをはね返して、活躍してほしい。

自分的視点・・・
たしかに野手の中では、この3人の期待値は大きいですね。
昨年すい星のごとくあらわれ、後半はレギュラーが当たり前になった「松原聖弥」はいいですね~
今シーズンはFA加入の「梶谷」と外人メジャーリーガー2人が入ったので、厳しいレギュラー争いになると思いますが、将来は中心選手になって欲しい筆頭の選手達です。
「吉川」と「松原」の1・2番コンビは実に魅力あるし、成長して欲しいですね。
守備もいいし、足も速い、そしてバッティングセンスもいい、こんな選手は中々いないです。
問題点は、とにかく「吉川」はケガをしない丈夫な体作り・・・これが必須でしょう。
「松原」は守備走塁は全く問題なくハイレベルですから、天才的なバッティングセンスを確実性にして、やはり3割打てるようになったら鬼に金棒でしょう。
それとさらに期待値の大きい「山下航汰」です。
育成だけど高卒1年目にファームで首位打者になった逸材です。
この選手にはケガ無く育って、早く1軍での活躍姿が見たいです。

たまたま、この3人にフラッシュライトが当たったけど、「吉川」「松原」は既に1軍に足跡を残しているので、さらに実績を積み上げて欲しいし、「山下」は次のブレイクに期待です。
それ以外にも夢のある選手が一杯います、ぜひ能力を生かせないままで埋もれる事の無い事を願います。

当たり前だよ、太り過ぎが不調の原因

この記事は少し前であり、キャンプでケガしたニュースはがっかりです。
本来は既に準エースになっていても不思議ではない存在なのに、ここ数年はイマイチですね。
中継ぎでそこそこってのは期待値からして残念以外の何物でもないのです。
高卒2年目に既に13試合投げて、3勝5敗、3年目には10勝10敗、4年目には13勝4敗と年次活躍し、エース級でした。
しかし4年目以降一気に成績が落ちて、2勝8敗・3勝3敗17HP・5勝7敗HP2です。
勝っていた3年は防御率も2.7から3.0、しかし次の年から4点台です。
自分は結婚して太ったのが原因だと思っています。
何しろ剛速球がある訳でも無いので、キレとコントロールで勝負する投手ですから、太ってキレが無くなったのが一番の敗因でしょう。
そんな関連ニュース記事・・・

【巨人】田口麗斗が激ヤセ! 過酷自主トレで今村信貴&高橋優貴と杉内コーチ見返す

巨人の今村信貴投手(26)、田口麗斗投手(25)、高橋優貴投手(23)が19日、香川県内で自主トレを行った。
100メートルを30本走り込むなどの厳しいメニューで田口は体が引き締まり、今村はボールが強くなり、高橋も直球の精度が向上。
昨年12月に杉内俊哉投手コーチ(40)から厳しい指摘を受けた3投手が雪辱を誓った。

寒空の下、叫び声が響き渡った。「うぁー!」「よっしゃー!」。
グラウンドでひたすら走り続ける今村、田口、高橋の“左腕三銃士”から、今季への覚悟が伝わってきた。田口は胸を張った。
「今年は絶対変われると思う。プロ野球に入って今までの自主トレの中で一番走った」

ウォーミングアップでは足の故障防止にもつながる瞬発系のメニューをこなし、その後にランニングが始まった。
それぞれの前に真っすぐ100メートルの線を引き、その上をブレることなく走る。
計30本でも軽いメニューだといい、多い時は約400メートルを24本。
これまで共に自主トレを行ってきた西武・内海の「自主トレが1年で一番きつい時間を」という教えを実行している。

日々の努力が最も体に表れていたのは田口だ。
以前から体形について指摘されており、杉内コーチは「おなかが出すぎ。俺みたいなおなかしてる」と話していた。
体重など数字では表しにくいが、体が引き締まり筋肉がついた。
「今まで一番練習したと思えたことはいいことだけど、自分の考えが甘かったところがたくさん見えた。全部『つもり』だったのが分かった」

昨季は開幕ローテに名を連ねるも、10月序盤に再調整で2軍降格。
数日後に中川が左脇腹痛で出場選手登録を抹消されたため、リリーフとして再昇格した。
日本シリーズの40人枠には入ったが、ベンチ入りしない日もあった。

昨季の課題の一つは左腕エースの不在。
杉内投手コーチは今村、高橋にも“喝”を入れていた。
今村は「中途半端なピッチャー。ひと皮むけて、せめて8勝はしてほしい」。
高橋は「1年目に5勝して成績が落ちたということは何か問題がある。もう一回、見直して」。
キャンプでは若手にランニングメニューの増加も宣言しており、徹底的に鍛え上げるつもりでいる。

今回の過酷な内容は、杉内コーチのメニューを悠々とこなせるようにという思いもある。
今村は体が疲れた状態でも投球練習でボールの力が増したと実感し、高橋は周囲が「嫉妬するほどのボール」と言うほど直球に磨きをかけた。

今村「3人でローテという気持ちもあるが、始まればライバル。まずはローテーションに入らないと」
田口「一人でも多く、このグループで勝ち星を積み重ねられるように」
高橋「走るのも、投げるのも2人に負けたくない」
投手王国再建へ、左腕3人組がその土台を作り上げていく。

自分的視点・・・
体育会TVで素晴らしいコントロールを見せてもらいました。
これだけの正確なコントロールがあるなら、キレさえ取り戻したら十分以上の準エース復活はあり得ると思いますね。
能力的には優れた投手が豊富な巨人ですから、問題点を修復していけたら投手王国になり得る事は可能でしょう。
その為にも、すでにベテランの域に入ってきた「田口」には頑張ってもらいたいものです。

この選手の心配は「体」

超有望株であり将来のエース候補は現在間違いなくこの「戸郷翔征投手」である事は確かであり誰もがもう認めている事です。
ただどうしても見る限り体がプロの選手になり切っていない、まだ成長過程と思われる事と「アーチ投げ」と言われるフォームが壊れる心配、この2点です。
高卒1年目から1軍で活躍し始めてしまったので、まだ体が全然完成されていない、見た目にヒョロヒョロに見えるのです。
「松坂大輔」は既に見た目的にも頑丈で安心して見れましたし、「桑田真澄」は全てに完成されていた感があります。
それと比べると、強心臓でなおかつ球威もありコントロールも優れているのですが、いかんせんまだ高校生の体であるとしか見えません。(2年目も)
ですから、体作りも技術を向上させるのと同時に壊れない体作りが一番期待される事です。
これに類する記事があったので・・・

【巨人】戸郷、ローテ死守のカギは体力向上&けが防止 「シーズン中は苦しかった」2年目からさらに一段階上へ

巨人の戸郷翔征投手(20)が1年間ローテーションを守り抜くため体力向上、けが防止を掲げた。
昨季の成績は9勝6敗、防御率2・76。
シーズン中盤まではエース級の活躍だったが終盤に息切れし、自身初の2桁勝利、新人王を逃した。
その経験も踏まえ、けがなくシーズンを乗り切れる体力を身に付け、数字を伸ばす。

ローテーションから1度も外れることなく投げ抜いた2年目のシーズンから、さらにもう一段階上を目指す。
「去年は良いシーズンだったがたくさん疲労も感じていて、シーズン中は苦しかったというのが一番の印象」と戸郷。
「体力の向上が課題で目標」とキャンプのテーマは明確だ。

「プロ野球選手にけがは付き物だが、昨年はけがしないでできた。そこは今年も継続したい」。
けが防止と切っても切れない疲労回復のためにこれまで取り組んでいた温冷交代浴だけではなく、エースの菅野から教えられたというサウナも取り入れる。

今季の目標には昨年末の契約更改時から「昨年できなかった2桁勝利プラス15勝」を掲げている。
試合数も昨季の120から143に戻り、登板数も昨季の19より多くなることは確実。
チームのため、そして個人の目標達成のため、体力向上とけが防止、そしてサウナの「サ道」で2021年を戦い抜く。

自分的視点・・・
彼がいなかったら巨人は優勝出来なかったので、その存在感は既にエース級であり期待値もより高いものになるでしょう。
それには本にもわかっている通り体作りが一番でしょうね。
しかし聞くところによると、小食でありあまり食べるのが得意でないというのが気になりますね。
投手はあまり太くない方がいいのは確かですが、やはり体力的に考えると、ある程度頑丈でタフな体が資本である事は絶対です。
技術的にも体力に関しても理論派の「桑田」コーチが誕生したので、もう一段ステップアップして真のエースに育って欲しいですね。

難しい問題ですね、どちらも見てみたい

「桑田真澄」が巨人コーチ就任って、自分は待っていましたね。
理論派で頭もいいので、どんな指導するのか期待もあります。
また投手として、大きくない体であれだけの成績を上げたのは素晴らしいし、不慮のケガから成績を伸ばせなかったけど、あのケガさえなければ間違いなく200勝は出来た偉大な投手だと思っています。
ですから、経験と知識・技術どれをとっても超一流ですから、巨人の投手陣がどう変わって行くか楽しみです。
それと次期監督と言うか「ポスト原」問題が悩ましい事になりましたね。
「原監督」選手の時以上に優れた監督として既に名将と呼ぶことに誰もが納得するでしょう。
名選手の名監督の後を継ぐのは大変な事です。
現名将である「原監督」も現役時代あの「王」「長嶋」の後を継いだ時のプレッシャーは大変なものだったと思います。
他の球団であれば十分以上の活躍であっても、比べられてしまうのは、苦悩の連続だったと思います。
その中で「王」「長嶋」並みとは言えませんが十分な活躍だったのは称賛されるべきでしょう。
そんな「原監督」の後継者はという関連ニュース記事・・・

巨人の「ポスト原」問題…桑田と阿部、次期監督はどちらがふさわしいのか?

ストーブリーグもすっかり落ち着いたと思われた1月中旬、プロ野球界に大きなニュースが飛び込んできた。
桑田真澄氏が今季から巨人の一軍投手チーフコーチ補佐に就任することが発表されたのだ。

桑田氏は巨人で20年、メジャーリーグのパイレーツで1年プレーし、2008年3月に引退。
その後は解説者として活動しながら、早稲田大学大学院、東京大学大学院でスポーツ科学の研究を行い、一時は東京大学硬式野球部の特別コーチとBCリーグの信濃グランセローズで臨時コーチをそれぞれ務めている。
常駐のコーチに就任するのは初だが、このニュースにプロ野球ファンだけでなく、多くの球界OBからも期待の声が挙がっている。

桑田氏の肩書は先述した通り「一軍投手チーフコーチ補佐」。
宮本和知・投手チーフコーチに次ぐ立場で、コーチ陣の序列としては決して高いものではない。
しかし、一軍スタッフの中で最も大物OBであることは間違いないだろう。
他のスタッフが発表された後のこの時期にあえて、追加のポストまで用意して招聘したことからも、球団や原辰徳監督の並々ならぬ期待が感じられる。

そして、この人事で影響が出てくる可能性があるのが巨人の次期監督問題だ。
01年に長嶋茂雄監督が退任して以降。
19年間のうち14年間は原政権となっており、間で指揮を執った堀内恒夫、高橋由伸はリーグ優勝を成し遂げることなく球団を去っており、完全に“原監督頼み”の事態が続いているというのが現状だ。
そんななか、後継者として一番手とみられているのが、阿部慎之助二軍監督である。

昨年、元木大介ヘッドコーチが虫垂炎でチームを離脱した際には代わってベンチに入り、ドラフト会議では育成選手を指名する時には「監督席」に座っている。
ドラフト1位の生え抜き選手で、司令塔とも言える捕手として長年プレーし、通算2000本安打を達成するなど輝かしい実績を残していることを考えても、既定路線と考える関係者、ファンは多いだろう。
だが、阿部二軍監督の指導法については、チーム内から疑問視する声も出ているのは確かだ。
指導者として一年目となった昨シーズン。
大学チーム相手に敗れたオープン戦や、オフに行われたフェニックスリーグで“罰走”を課したことが大きな話題となった。
年明けに行われたチャリティートークショーでは「罰走というと時代錯誤。“期待走”とかにした方がいい」や、「どれだけ調子に乗らせるかがこっちの仕事」と、昨年までとは違う方針を打ち出すコメントも残している。
今季は指導方針が変わることも考えられるが、指導者としての手腕はまだまだ未知数という状況だ。

一方で、桑田氏は、「現役引退後の数年間は野球を勉強する期間」と位置付けており、その通り国内でもトップクラスの教育機関で学んでいる。
また、現役最後にアメリカに渡り、メジャーでのプレーを経験したということも指導者としての引き出しを増やす意味で、大きなプラスとなったはずだ。
誰もが大学やアメリカで学べば、名指導者になるという単純なものではないが、その基礎となる部分をどちらが有しているかは明らかだろう。

阿部二軍監督だけではなく、日本の場合はスター選手が引退するとそのままコーチや二軍監督、場合によっては一軍監督といった重要なポストに就くケースが少なくない。
周囲に経験のあるコーチを配置することで、勉強してもらおうという狙いはあるとはいえ、最低限のコーチングの知識などは学ぶ必要があるのではないだろうか。

そのような声は確実に大きくなっており、当の巨人も少しずつ体制は見直されているように見える。
今季から二軍のヘッドコーチには、韓国での指導経験が豊富な金杞泰が就任した。
また、三軍監督に就任した二岡智宏は巨人のOBではあるが、現役引退後は一度ユニフォームを脱ぎ、業務委託という形で国際部の外国人選手調査にかかわったほか、BCリーグの富山で監督を務めるなど指導者の経験を積んでいる。
原監督自身も指導者経験は巨人一球団のみだが、現役引退後は一度解説者として活動した経験がある。
同じ球団でユニフォームを着続けるよりも、一度外から野球を見ることによって得たものも大きかったのではないだろうか。

プロ野球の一軍監督という立場は、勉強したから就任できるものではなく、成功する方法も一つではないが、現在のプロ野球界を考えると、現役時代の実績とカリスマ性だけで務めることが難しくなっている。
「球界の盟主」の座をソフトバンクに譲り渡したとも言われる巨人。
その復活に向けて、どのような決断を下すのか。原監督退任後の最大の注目ポイントと言えるだろう。

自分的視点・・・
頭脳派の「桑田」体育会系の「阿部」どちらが相応しいかはやってみなければわかりませんが、どっちも見たいというのが本音でしょう。
お地蔵さんと言われた動かないというか動けなかった「高橋由伸」監督よりは楽しみです。
「高橋由伸」は外から勉強して、もう一度見たいかっこいい監督ですから、これも将来ありでしょう。
本当は「松井秀喜」監督が一番見たいですが、どうも監督をやってみたいという気持ちは無いようですし、メジャーの水があっている気もします。
どちらかというと、いつかはメジャーで監督とか思っているかも知れません。
そうなると・・・「桑田」「阿部」の他にも候補はあるかも知れませんが、巨人伝統の生え抜きと考えると絞られてしまいます。
自分は順番として「桑田監督」を先にやって、次が「阿部」の方がいいと思われますね。
投手や捕手というのは戦略的にも現役時代から考えてやってきているので、相応しいと思っています。
悩ましい問題ですが、まずは「桑田」これが自分の期待ですね。
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markcank

Author:markcank
2015年に還暦を迎えたけど若いつもりのおやじです。
「速い車」と「巨人」が大好きです。
失敗だらけ人生ですが、懐かしい思い出と共に色々と語りたいです。
富士山が毎日真近に見れる静岡県富士に住んでいて、若い気持ちだけは持ってるつもりです。

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